南米のペルーは自然地理区分でコスタ(海岸地域)、シエラ(アンデス山岳地域)、セルバ(アマゾン地域)を有し、豊かな文化的多様性を持つ。一方で国内の経済的格差が大きく、シエラ・セルバに比べてコスタが経済的に豊かである。また国民の社会経済的な階層の分断も大きく、教育に関しては、経済的に余裕があれば授業料の必要な私立学校へ、貧困層は無償の公立学校へ行くという図式がある。私立学校の中には貧困層が捻出できる程度の授業料を課す学校もあり、私立学校といえどもその教育水準を一概に評することはできないが、一般的に私立学校の方が優れていると考えられており、学力テストでもその傾向が表れている(表1)。

表1.当該学年で到達すべき十分な水準の成績に達した生徒(全国テスト2004年)

 

小学校6年生

中等学校5年生

文章理解

数学

文章理解

数学

公立

8.2%

4.4%

7.0%

0.8%

私立

36.1%

29.7%

20.0%

10.5%

(出典:Ministerio de Educación. Evaluación Nacional del Rendimiento Estudiantil 2004: Informe descriptivo de resultados. (Documento de trabajo UMC 12) Lima: Ministerio de Educación, 2005, p.70, 表5.2、5.3より作成)

 私立学校と公立学校との間に大きな差異が存在する中、私立学校に子どもを通わせるほどの経済的資源を持たない家庭にとって、無償の公立学校でありながら私立機関(非営利団体)が運営する私立運営型公立校は魅力的な選択肢となる。

 ペルーにおいて教育を提供する学校には、大まかに分けて①国が直接運営する公立学校、②協定により非営利団体が無償の教育を提供する公立学校(私立運営型公立校:Institución pública de gestión privada、簡易な統計では公立学校に分類)、③私立学校が存在する(2003年制定総合教育法第71条)。第二の類型である私立運営型公立校は、非営利団体が設立し、国が教員給与を負担する。私立運営型公立校には、一般の公立学校よりも質の良い教育を提供することをアピールする学校や、より社会経済的に厳しい環境にある家庭の子どもを優先的に入学させるために特に貧しい地域に設立された学校などがある。こうした学校の代表的な設置主体は修道会などの宗教団体である。 宗教団体が運営する公立学校は、富裕層を対象としていたカトリック系私立学校が、国庫補助のない時代に貧困層向けの学校を設立し始めたことに端を発する。こうした学校の数が大幅に増加したのは、国が補助を増やし始めた1950・60年代で、このころ教会は貧困層向けの学校を多く設立した。1970年代半ばには教会系の学校の大部分は貧困層向けのものが占めるようになったが、これは民衆の解放を目指した解放の神学の影響を受けた教会自体が、貧困層により目を向けるようになったためである1。  宗教団体が関与する私立運営型公立校の中には、国内外に複数の系列校を持ったり、海外の修道会からの寄付を受ける学校もある。そうした私立運営型公立校の中でも有名なのはフェ・イ・アレグリア(Fe y Alegría、信仰と喜び)学校である。ベネズエラで始まったフェ・イ・アレグリアは「全人的な民衆教育と社会振興の運動」として、ラテンアメリカ諸国を中心に19カ国において、貧しい人や社会的に排除された人に質の高い教育を提供することを目的として教育活動を展開している。ペルーでは1966年に貧困層が多く住むリマの都市周辺部において最初の学校を設立し、現在では基礎教育(就学前・初等・中等教育)レベルで全国に66校の学校を持ち、約76,000人がフェ・イ・アレグリア学校で学ぶ。ペルーのフェ・イ・アレグリアは教育省と協定を結び、教員給与の支給を受けて学校を運営している。  ペルーでは学区はなく、保護者は各学校の定める基準に従って期日までに入学の登録を行うが、私立運営型公立校においては、より良い教育が受けられるという評判のもとに募集人数を超える入学希望者が集まる。では保護者は何に期待をして私立運営型公立校を選ぶのだろうか。フェ・イ・アレグリア学校に関しては、公立学校より成績や修了率が良いという調査結果も存在する2が、ペルーでは学校ごとの成績の違いなどは明らかにされておらず、私立運営型公立校のすべてが一般の公立学校よりも優れていると実証されているわけではない。そのため、保護者は学校の規律正しさや清潔さ、道徳的な雰囲気、評判などの限られた情報により子どもを通わせる学校を選んでいる可能性がある3。そうした情報の不確かさにもかかわらず私立運営型公立校に人気が集まる背景には、一般の公立学校のように国が関与するだけでは、子どもに十分な学力を身に付けさせることが難しいという保護者の意識があるものと考えられる。  ペルーの公立学校への私立機関の関与は、非営利団体が公立学校の運営を担うという形を取ってきた。私立運営型公立校は主として宗教団体が運営するため、外部資金獲得などの手法には公立学校が取り入れることが難しい面もある。しかし教育内容や教育目標といった側面においては、一般の公立学校が私立運営型公立校のノウハウを取り入れ、経済的資源の乏しい家庭の子どもの教育状況を改善していくことが期待される。

1 Klaiber, Jeffrey. “La pugna sobre la educación privada en el Perú 1968-1980: un aspecto del debate interno en la Iglesia Católica.” Apuntes, Vol.20, 1987, pp.37, 46.
2 Alcázar, Lorena y Cieza, Nancy. Hacía Una Mayor Autonomía y Mejor Gestión de los Centros Educativos en el Perú: El Caso de Fe y Alegría. Lima: Apoyo: CIES, 2002, pp.12, 15.
3 Navarro, Juan Carlos. “Y sin embargo, se mueve: Educación de financiamiento público y gestión privada en el Perú.” en Wolff, Laurence et al.(eds). Educación privada y política pública en América Latina. Santiago de Chile: Preal, BID, 2002.