アメリカでは、人種間の学力格差が長年問題視されている。連邦レベルの教育法であるNCLB(No Child Left Behind、どの子も置き去りにしない)法が制定された2002年以降、この格差を是正していくための取り組みが小さなコミュニティから全米へと拡大する動きも見られる。そのひとつに挙げられるのが、KIPPスクールというチャータースクールの広がりである。  チャータースクールとは、親や教員などが、州や学区の認可(チャーター)を受けて設ける初等中等学校で、公費によって運営される。KIPPスクールは、貧困家庭のマイノリティの子どもを対象としており、置き去りにされることが多い彼らを大学進学できる学力レベルにすることを目標とし、一般的な公立学校と比べて授業時間を1.5倍多く設定していることが特徴である。KIPPとは、Knowledge is Power Program(知は力なり)の頭文字であり、1994年にヒューストンに開校したのがはじまりである。マイク・フェインバーグとデイヴ・レヴィンの二人はティーチ・フォー・アメリカ(教員免許の有無に関わらずアメリカの一流大学卒業生を二年間、教育困難地域にある学校に常勤講師として赴任させるプログラムを実施している教育NPO)で教員を経験した後、子どもたちに成功するための確かな学力と生活態度、習慣を身につけさせ、地域社会に貢献できる人材を生み出すためにこの学校を創設した。95年にはヒューストンにもう1校とニューヨークに1校を開校し、1999年までにそれぞれの学区でトップクラスの成績を収めるようになった。2000年以降、この学校の取り組みに感銘を受けた衣料ブランドGAPの創始者とパートナーシップを組み、連邦政府からもリーダーシップ研修に対してi3補助金(investing in innovation grant、子どもの学力向上や学力格差の解消に効果が見られる取り組みを広めていくことに用いる補助金)を受け取るなど、効果がある学校として認識されている。

 2011年現在、全米20州とワシントンD.C.に109校(小学校31校、ミドルスクール60校、高校18校)が開校している。これまでにKIPPスクールで学んだ生徒数は3万3千人を超え、人種構成は、59%がアフリカン・アメリカン、36%がラティーノ、アジア系と白人がそれぞれ2%ずつ、その他が1%という比率になっている。生徒全体の87%が低所得世帯の出身で無料・割引料金給食のサービスを受けており、9%は特別支援教育の該当者で、14%は英語学習者である。しかし、KIPPスクールの生徒の66%はAdvanced Placementテスト(能力の高い生徒のための大学1年次相当の発展的なテスト)を1科目以上受験しており、84%が高等教育段階に進学している。これは低所得世帯の高等教育段階への進学率の平均が41%であることを考えるとKIPPスクールの影響が大きいことが推察できる。テストの成績でも、8年生(日本の中学2年生に該当)の読解で94%、数学で96%が習熟以上に達しており、効果をあげている学校とされる根拠となっている。  それでは、KIPPスクールが効果をあげる学校とされる背景には、どのような実践モデルがあるのだろうか。KIPPモデルという教員、スタッフ、生徒、親の共通認識がその答えである。KIPPモデルは、次に挙げる5つの柱に基づいている。(1)高い期待値:生徒のバックグラウンドに関係なく、学業達成について測定可能な期待値を設定し、学業達成と生活態度を身につけさせるための支援を行う。(2)選択と参加:それぞれの学校の生徒、親、教員・スタッフは強制されたわけではなく、選んでKIPPスクールに参加しているため、成功をめざして全員が学校に参加することが求められる。(3)時間をかける:勉強での成功にも人生での成功にも近道がないという考えに基づいて、KIPPスクールは一日、週、一年の授業時間を長く設定し、高校や大学での競争に備えるための知識や技術を身につけさせる。また、様々な課外活動もより多く経験させる。(4)リーダーとしての力:KIPPスクールの校長は、優秀な学校には優秀なリーダーが必要であることを認識している学業面と経営面のリーダーである。学校予算と人事権を掌握し、生徒の学びを支援するために最大の影響力を持つ。(5)成果に重点をおく:KIPPスクールは、テストやその他の客観的測定値における成績に重点をおく。成功に近道がないことと同じく、失敗に対する言い訳も許されない。生徒が全米トップクラスの高校や大学に進学できる学力レベルにする。

 全米に広がっているチャータースクールであるKIPPスクールの取り組みを見てみると、現在アメリカにおいて求められている教育の一端が見えてくる。置き去りにされがちな子どもを対象に、授業時間を多く設け、親の教育参加を促し、校長のリーダーシップの下で学力をつけさせる。テストの結果のみに固執し学びが矮小化されることにならないよう、課外活動にも力を入れる。これまでは実現が難しかったこれらのことが、チャータースクールの普及や連邦補助金などによって実践可能となっているのである。