表1 初等中等教育改革の主な動き
1965年 リンドン・ジョンソン |
初等中等教育法(Elementary and Secondary Education Act of 1965)制定。 |
1983年 ロナルド・レーガン |
『危機に立つ国家(A Nation at Risk: The Imperative for Educational Reform)』 |
1989年 ジョージ・ブッシュ |
50州の州知事による史上初の「教育サミット」開催。「全国共通教育目標」に関する合意形成。 |
1991年 ジョージ・ブッシュ |
ブッシュ大統領が「全米共通教育目標」達成戦略となる政策文書「2000年のアメリカ―教育戦略(America 2000: An Education Strategy)」発表。(ブッシュ)2000年までに達成すべき6つの教育の全米目標 |
1994年 ウィリアムス・クリントン |
各州の教育スタンダード策定支援等を定めた連邦法「2000年の目標:アメリカ教育法(Goals 2000: Educate America Act)」制定。 教育スタンダードに基づく各州の改革の取組を財政的に支援する連邦法(初等中等教育法の修正法)「アメリカ学校改善法(Improving America’s Schools Act, IASA)」制定。 |
1996年 クリントン |
教育スタンダードに基づく教育改革の方向性を確認する第2回「教育サミット」開催。以後、1999年、2001年、2005年に開催。 |
2002年 ジョージ・W・ブッシュ |
アカウンタビリティを重視した各州の教育改革を支援する連邦法(初等中等教育法の修正法)「落ちこぼれを作らないための初等中等教育法(No Child Left Behind Act , NCLB)」制定。 |
(出典)文部科学省『諸外国の教育動向 2008』明石書店、2009年、34頁を加工。
① 包括的学校改善のための裁量権拡大の流れ (a)Schoolwideプログラム 1965年に「貧困との戦い(War on Poverty)」と結びつけて、貧困家庭の子どもの教育への補助を目的とした「初等中等教育法(Elementary and Secondary Education Act of 1965))」が制定された。同法Title Iに規定される補助金プログラム(Title Iプログラム)は、同法補助金プログラムのうち最大の予算規模をもち、教育的に恵まれない子供たち(educationally disadvantaged children)に対して公平性や機会均等を保証するために、主として補完的教育サービスや補完的資源の供給を通じて、質の高い教育を施してきた。しかし問題点も指摘されてきた。Title Iプログラムを含め、各連邦補助金プログラムはひも付きであり、学校は各補助金プログラムが定める規則に従う必要があった。また連邦補助金は州や地方学区の補助金に取って代わるもののではなく、補完的役割を担うものであり、かつ会計規則遵守のために、各補助金プログラムは相互独立的な実践をとらざるをえなかった。そのため、Title Iプログラムは、受給資格を有する児童生徒のみを対象とするサービスに特化しなければならず、しばしば児童生徒は通常授業から引き抜き出され(pullout)、別のリメディアルの教育環境の下に置かれ、あるいは通常授業内においても補完的な指導のために特定されることとなっていたのである。この非効率性の問題を解消したのがSchoolwideプログラムである。 Schoolwideプログラムとは、各学校が受給する初等中等教育法Title I, Part Aの補助金を、他の連邦教育補助金と合算し、かつ公民権や保健安全といった根本的な目的に従えば、各補助金プログラムの細かな要件が免除され、従前の補完的教育サービスではなく、学校全体に亘る包括的学校改善のために補助金を活用することができるというものである。 1988年、Hawkins-Stafford Elementary and Secondary School Improvement Amendments to Chapter 1は、初等中等教育法Chapter 1(現在のTitle I)に対し修正を加え、地方学区や学校に対し、Title I補助金をどこでいかに活用するかについて決定する裁量権を付与した。この法律により、在籍する75%以上の児童生徒が低収入の家庭にある学校であればSchoolwideプログラムを採用することが認められることとなったのである。 クリントン政権の下で制定された「アメリカ学校改善法(Improving America’s Schools Act of 1994, IASA)」はこのプログラムの実行可能性をさらに拡げたのである。IASA法は周知のように、すべての児童生徒に対して適応される厳格なナショナルスタンダードを導入したが、併せて、Title Iプログラムに対し修正を加え、Schoolwideプログラムの資格要件を引き下げることによって、同プログラムの実行可能性を大幅に拡大させたのである。新たなTitle Iプログラムでは、学校がSchoolwideプログラムを活用できる最低貧困水準が、75%から60%に引き下げられた。その後、1996年度からは50%に、さらにNCLB法によって40%に引き下げられた。 (b)Ed-Flex クリントン政権の下で導入された裁量権拡大政策はSchoolwideプログラムだけでない。Education Flexibility (Ed-Flex) Partnership Demonstration Programは、1994年に「2000年の目標:アメリカ教育法(Goals 2000: Educate America Act)」によって設立されたプログラムで、州と学区に対して、連邦補助金の使用に関するより大きな裁量権を付与するものである。Ed-Flexに認可されると、TitleⅠを含め、特定の連邦補助金に関わる要件が免除(waiver)される権限が州に付与される。Ed-Flexに認可されない場合では、州や地方学区は、要件の免除を望む場合、連邦へ申請する必要があるのだが、Ed-Flexに認可された場合、州のレベルにおいてその判断が可能となるのである。 NCLB法においては財政的裁量権を拡大するプログラムがさらに拡張され、Ed-Flex以外に、State Flexibility Authority(State-Flex)、Local Flexibility Demonstration Program(Local-Flex)、Transferability、Rural Education Initiatives、ESEA Secretarial Waivers、Consolidation of State and Local Administrative Funds、Schoolwide Programsがある。(Ed-Flexを含めて8種類) ② 包括的学校改善のための科学化の流れ Schoolwideプログラムは、包括的学校改善を促し費用対効果を高めるために財政的裁量権を学校現場に委ねたものである。しかし包括的学校改善の流れは連邦政策の枠に留まらない。Comer School DevelopmentプログラムやSuccess for Allなどの包括的学校改善モデルがいくつも外部開発されてきたのである。これらは、例えばランダム化比較試験などを用いて自らの有効性を実証したモデルである。ここに科学化の流れの兆しが覗える。Title Iに関する国家規模の調査では、外部開発された学校全体に亘る包括的プログラムは、伝統的な引き抜き式プログラムよりも学力成果に対して肯定的結果があることが示された。 1991年ジョージ・ブッシュ大統領はNew American Schools Development Corporation(NAS)という民営機関を創設した。NASは、すべての児童生徒が主要教科において世界クラスの水準を達成できるモデル開発のために、700余の提案の中から11のモデルを選定し、3年間の開発・検証プログラムに補助金を与えた。1995年からは、NASは7つのモデルを全米の数千の学校に普及し規模を拡大することに焦点を当てた。 外部開発された学校改善モデルに対する肯定的評価に連邦議会もまた反応した。1997年に、科学的基盤を持った包括的学校改善に支援を行うComprehensive School Reform Demonstrationプログラムが創設されたのである。同プログラムにより、学校は、学校改善計画を策定する上で外部組織と連携し、包括的学校改善モデルを採用することが奨励され、「その有効性が立証された包括的改善モデル」を採用する学校に対して3年間契約で毎年最低5万ドルが付与されることとなった。 CSRDプログラムとして認可されるためには表2に示す9つの構成要素をすべて満たさなければならない。その構成要素の一つに「革新的方策や立証された方法」があるが、これはランダム化比較試験によって有効性が証明された方法を意味する。Robert E. Slavin(2002)によると、連邦教育補助金が有効性に関するエビデンスと直接結び付けられたのはこれが歴史上初めてである。 現在では、2002年に創設されたWhat Works Clearinghouseにおいて学校改善モデルの有効性が検証され、その情報がWeb上で公表されている。科学的にその有効性が立証された学校改善モデルの活用の流れは、現在もなお継続されている。表2 CSRDプログラムの9つ構成要素
■ 革新的方策や立証された方法(Innovative strategies and proven methods) 信頼性のある研究(reliable research)や効果的実践に基づき、その有効性が立証された方法(proven method)や革新的方策(innovative strategies)、また多様な特徴を持った学校間で再現性をもってきたと立証される方法や革新的方策
■ 包括的デザイン(Comprehensive design) すべての児童生徒が州の内容及び成果に関するスタンダードを充たすため、schoolwide改善計画の中へ、学習指導のすべての要素を組み込み、効果的に学校が機能するための包括的デザインを設計すること
■ 職能開発(professional development) 質の高い、かつ継続的な教職員の職能開発訓練の実施
■ 計測可能な目標(Measurable goals) 児童生徒の成績に対する計測可能な目標、及びそれら目標を達成するためのベンチマーク
■ サポート(Support) 学校の善教職員、管理者、スタッフからのサポート
■ 保護者および地域住民の参加(Involvement of parents and the local community) 保護者および地域住民の、学校改善活動への参加
■ 外部支援(External support) schoolwideの学校改善における経験を有す機関からの外部支援を受けること
■ 評価計画(Plan to evaluate) 学校改善の遂行状況及び児童生徒における成果を評価するための計画
■ 資源の相互調整(Coordination of resources) 学校改善を支援し維持するため、連邦、州、地方、民間から受ける資源、サービスの相互調整
Source: Public Law 105-78, the Fiscal Year 1998 Appropriations Act for the U.S. Department of Education.Stringfield, S., Millsap, M. A., & Herman, R, Urban and suburban/rural special strategies for educating disadvantaged children: Findings and policy implications of a longitudinal study. Washington, DC: U.S. Department of Education, 1997. Robert E. Slavin, Evidence-Based Education Policies: Transforming Educational Practices and Research, Educational Researcher, Vol.31, No.7, 2002, p. 15. U.S. Department of Education, Implementation and Early Outcomes of the Comprehensive School Reform Demonstration (CSRD) Program, Washington, D.C., 2004, p.10. (http://www.eric.ed.gov/PDFS/ED483148.pdf)