第1回 イギリスの私学と学力観 〜玉川大学教授 小松 郁夫〜
私は教育行政学や学校経営学を専攻して、かれこれ30年ほど日英の比較教育研究をしてきた。その間、2回にわたって英国に留学する機会を得て、英国バーミンガム大学教育学部の客員研究員を経験した。
この大学のとなりには、国内有数の進学校キング・エドワード6世校の1つ、エッディバストン校があり、朝夕の登校風景が毎日の楽しみであった。品の良い制服を身にまとい、見るからに英国紳士の卵、いや、すでにその風貌はジェントルマンそのもの、といっても良いほどだった。何度か学校見学をし、教育水準のレベルの高さと生徒の学習意欲の高さに驚くこともしばしばであった。
イギリスの私立学校といえば、全寮制のイートン校やラグビー校、ウィンチュスター校などが有名だが、学校のカテゴリーとしてはPublic School と呼ばれ、アメリカや日本での「公立学校」という意味ではない。教育行財政的にはIndependent School(独立学校) として分類をされ、非公共団体(教会など)によって所有され、一切の公金の支給を受けない代わりに、公的規制から独立した学校を意味している。現在、英国には約2,500校の私立学校に615千人の生徒が学んでおり、全体の約7%(義務教育以後では約18%)の子どもが在籍をしている。ケンブリッジ大学やオックスフォード大学、ロンドン大学などの有名大学への進学実績は、一般の公立学校卒業生の数倍の実績があり、しばしばその優位性が羨望の的となり、公立学校からの入学者を優先すべき、などというやや極端な議論さえある。
<img class=”alignnone size-full wp-image-106″ title=”イギリスの私学と学力観/玉川大学教授 小松 郁夫” alt=”イギリスの私学と学力観/玉川大学教授 小松 郁夫” src=”wp-content/uploads/2013/11/photo_england.jpg” width=”350″ height=”239″ />イギリスの学校を訪問して、身に付けさせたい学力はどのようなものですか、と問うと「これからの社会は知識基盤社会だ。新しい社会で自分の居場所を見つけられる力を育てないといけない。急激に変化する社会で生きていける力、employability(就業能力)だと思う」という話を聴いたことがある。
日本のように生きる力(Zest for Living)という学力観も重要だが、私は一日も早く保護者から自立をし、就職できる力、親や税金の世話になる存在から、親を扶養し、税金を納める人間に育てるのが学校教育の目的ではないかと知らされた。そこで、ある京都市内の学校に関わったときに、身に付けさせたい学力は「就業能力です」という学校経営計画の立案を校長にアドバイスをしたことがある。
日頃から、日本の教育論議では抽象的で評価が難しい学力論や教育観が多いように感じている。そろそろ、達成したかどうかが誰にでもわかりやすく評価でき、現実の社会と繋がっている議論を展開する必要性がありそうだ。
さらに言えば、社会資本としての教育費の重要性をもっと主張し、認識を深めるべきであろう。ますます財政事情が厳しくなる昨今、社会の中でどの分野に集中すべきかを明確にすべきだ。私の議論では、年配者への資源投入は「消費」であって、教育への資源投入は「投資」であると考えている。少子高齢化社会では、積極的に未来への投資こそ最重要政策の1つだと思う。
<strong><要約></strong>
イギリスの私立学校は、一切の公的規制から独立をしているIndependent School であり、Public School と称される全寮制の私立学校等が有名である。在籍児童生徒は全体の約7%で、615千人ほどが通学している。知識基盤社会で目指す学力はemployability(就業能力)である。